会社の近くで白杖を持って
立ち往生している男性を見かけたので
「どうされましたか?
お困りですか?」
と尋ねると、
この近くにあるはずのアートーコーヒーに行きたいのだという。
すぐそばにあったので
手を引いてお店の入口までお送りすると、
「ぜひ一緒にコーヒーでもいかがですか?」
とのお誘いが。
いろんな意味で面白そうだと思ったので
同席することに。

目が不自由な人の話を
目が不自由な人予備軍のボクが聞く。
そういう構図だ。
ボクが病気なのも
男性には冒頭で伝えてある。

男性はKさんといって
今年で定年退職されたのだそうだ。

25歳の夏に結婚。
26歳の夏にベーチェット病が発病。
その頃からほとんど光を感じるくらいしかできないのだそうだ。

相手のご両親に、
「キミは目の病気を隠して
うちの娘と結婚したんじゃないだろうな」
と言われたのが
いまも忘れられないのだという。

人生のほとんどを証券会社勤務で費やしたKさんは、
若いころにほとんど視力を失ったにもかかわらず
白杖をつき始めたのはここ数年。
「やっぱりみんなに知られたくなかったですねえ」
とKさんは言うけど、
そんなもん、どうやって何十年もごまかし続けたのか
大いに疑問だが、
できるだけ女性の部下を連れて
営業に出歩いていたのだそうだ。
営業畑にいたせいか、Kさん、
しっかりボクの目を見て話しかけているようにしか思えない。

「白杖を持つようになったきっかけはなんですか?」
「線路に5回目に落ちた時ですね」
それは危険すぎ!
「それでも私は白杖を持ちたくなかったんですけど、
そこを会社の人間が見ていたようで
総務部から白杖を持つことを強制されました」
まあ、ボクでもそう言うよなあ。

25歳で視力を失っているKさんの話は
古い映画の話題ばかりで
『ひまわり』
『俺たちに明日はない』
『サウンド・オブ・ミュージック』
のストーリーを丁寧に紹介された。
映画音痴のボクだけど
『俺たちに明日はない』
はDVDを持っているので
話を合わせることができてよかった。
ただ、あまりにもきっちり映画の中身を
ボクに伝えようとするあまり、
少々説明が長すぎるきらいがある。
ボクはちょっとだけ退屈だなと思った。

映画の話が落ち着いたところで
だんだんとりとめのない話になってきた。
「私らみたいな社会的弱者は
いつ襲われるかわからないわけですよ。
なんで私らに拳銃を持たせないのか!?
襲ってくるヤツなんか一発で殺しますよ!」
「私が惚れるくらいだから
うちの家内は美人でねえ。
仕事の面接に行く時は
『ちゃんとミニスカート穿いていけ!
男なんかみんなスケベなんだから』って言ったら
いつも一発合格でしたよ」
「最近のテレビはなんであんなに
面白くないんですかね」
「日本の景気をよくするには
もう北朝鮮と戦争するしかないですよ!」
「最近は小便のきれが悪くてねえ。
でもあっちのほうはビシャーって飛びますから!」
なかなかムチャクチャなオッサンで面白い。
当たり前だけど障害者は決して天使ではない。

コーヒーを御馳走になって
丸ノ内線の銀座駅までお送りすることに。
Kさんちは目白なのだけど、
いつも銀座にコーヒーを飲みに来るらしい。
「銀座は碁盤の目になっているから道がわかりやすいんです。
それに昔、銀座にはよく来ましたから
その記憶が残っているんです」
とKさん。
実際、一緒に銀座の地下街を歩いていても
Kさんはトイレの位置を正確に記憶していたので驚いた。

「ボクも今のうちに
いろんなもん覚えておかんとアカンのかなあ」
とぼんやりと思った。

改札までお連れすると、別れ際に、
「また銀座のどこかでお会いしましょう。
私は原さんのお顔は見えないのですが、
きっと女性にモテるんでしょうねえ」
とおっしゃったので、
ボクは元気に
「はい、カッコいいんですよ、ボク!」
と言い切った。

これって悪ふざけの部類に入るんですかね?
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