最近、元K-1プロデューサーの谷川さんが
ツイッターで僕のことを“弟子”と呟いてくれてるけど、
ふと思ったのは、
ではそもそも師匠ってなんだろうということだ。

僕個人で言うと、師匠というイメージは
なぜか『紙のプロレス』時代だったりする。
谷川さんはその後のローデスだけど、
その谷川さんや柳沢さん、山口さんはなんとなく師匠と思っている。

で、いまの会社に入って十数年だけど、
その間、師匠と思う人に出会ったことがない。
いや、いまの会社は好きだし、僕にそれ相応の生活をさせてくれて、
なおかつ、色んなチャンスをくれている。
そして何人かの先輩には
とても目をかけてもらい、お世話になっている。
なのに師匠のイメージがまるでない。

お世話になっているからといって必ずしも師匠というわけじゃないということか。

では師匠とはなにか?

辞書をひいても先生みたいなことしか書いてない。

うーん、僕が知りたいのはそうじゃない。

“食わしてくれる人”はどうだろう。
かなり意味が近い。
山口、柳沢、谷川の三者はそれぞれ、僕にとって社長かそれに準じる立場だった。
「俺がお前を食わせてるんだ」
と言われればそれまで。
お給料を払うというのはそれなりに説得力がある。

しかし、ことあるごとに谷川さんはターザン山本さんを師匠と呼ぶ。
二人はもともとベースボールマガジン社の先輩、後輩あるいは上司と部下ではあるが
別に山本さんが食わしていたわけじゃない。
じゃあ違うのか。

書いていて思ったけど、
師匠という響きからは“道”という言葉が連想される。
華道、茶道、書道などは師匠と弟子というのは当たり前の関係であり、
やはり“道”のあるところ、師匠と弟子ありではないか。

道には学問、技芸という意味があるのはもちろんだけど、
こういうのもある。
「人として守りおさめるべきみち」
これはけっこうピンと来る。

要するに、どんなことであれ、守るべきことを伝えてくれるのが師匠ということではないか。
そして、その守るべきものは時に押し付けでもあるし、
有無も言わさぬ強引さを伴うこともある。
つまり、師匠というのはなにかを押し付けてくる人、
それは畏れであるしストレスでもある。

“師匠は面倒臭い存在”
お、これもいい。

いま、突然思い浮かんだけど、
“自分が陰で悪口を言うのはいいけど、
他人が悪口を言ってたらむかつく。それが師匠”

というのはどうだろう?
答えではないけど、距離感やニュアンスはかなりいい線いってるのではないか。

今日はなんの答えもないまま書き始めたのでここで終了。

お読みいただいているあなたも
師匠がいるのかいないのか、
いるなら誰がそれにあたるのか考えてみるのも一興では?
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