昼間は某直木賞作家さんに取材して
夜は某有名アレンジャーさんにお寿司をごちそうになった。

やはり自分の腕一本で食っている人は
どれだけ謙遜したところで
覚悟のようなものがにじみ出てくる。

そういう意味では、ろくに相手からの言葉を引き出す技量もないままに
インタビューの真似事をできるボクは
会社員の気楽さを存分に味わっているとも言える。

カンタローが思春期に差し掛かると必ず
「自分はいったい何者なのか?」
「自分にはなにか才能はあるのか?」
「いや、才能がなくてもやりたいことは見つかるのか?」
「結果、空っぽだったらどうしようか?」
という自問自答と
「生でおっぱいを見てみたい」
という切なる願望だけで日が暮れるという日々を過ごすことになるのだろう。

おっぱいはその後、おそらくどうにかなるのだろうが、
問題は前者だ。
目の前でゴロゴロしている自分のDNAの製造元を見て
自分の身の程を知って愕然とするかもしれないし、
いやいや、鳶が鷹を生むことだってあるかもと
またしても自問自答に頭を悩ませることになるかもしれない。

ボクから言えることは一つだけで
才能があったらあったなりにきっと楽しいだろうし、
なかったらなかったなりにやっぱり楽しいことはたくさんあるよということだ。
要するに、どっちにしたって楽しめよと言いたい。
どんなに才能があったって、
若くして命を落とすんだったらつまらない。
それだったら平凡で日々の由無し事に一喜一憂するほうがどれだけ素晴らしいことか。

ボクは毎日楽しく暮らす才能はまあまああるほうだと思っている。
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