「こりゃ想像以上に人の手が入ってるな」
と実感する毎日だ。
なんのことか?
子どものことだ。

ボクはほぼ毎晩ベイベちゃんと一緒にお風呂に入っている。
そして最近では湯船のなかで
コップでお水を飲めるよう練習している。
部屋で飲ませるとこぼしてしまうからだ。

しかしこれがなかなか難しい。
普通にごくごく飲むということは
どうやら本能的にできることではなさそうだ。

それってびっくりしないですか?
コップで水を飲むことって
勝手にできるもんじゃないんですよ?

このように、自分が当たり前のようにやっていることも
必ず親なり誰かなりがちゃんと時間をかけて
教えてくれているのだ。
ボクたちは勉強や教育ぐらいは
誰かに教わっているという自覚は持てるのだけど、
たかだかコップで水を飲むということすら
自分ひとりではできなかったのだということは
案外わかっていないのではないか。

人間が本能でできることなんて
本当にたかがしれてる。

だいたい自分でトイレに行って
用をたせるようになるのなんて
いったいいつのことなのだろう。
おむつをウンチまみれにしている
ベイベちゃんを見ていると
気が遠くなってしまう。

要するに、人間が一人で大人になれるわけがないということだ。
物凄くたくさんの人の手と労力が加わって
いま自分があるわけで
一人で生きてきただとか
一人で生きていけるなんていうセリフに
なんの説得力があるというのだろう。

三つ子の魂百までとか言うくせに
人間は三つくらいまでのことを
ほとんど覚えていない。
人生で一番大事な時期を
自分が一番知らないなんて
神様も相当いじわるだ。
この時期の親のしんどさを知っていれば
たいていの子どもはもっと親にやさしくできるのではないかと思う。

けど、一方でこうも思う。
神様は何十年も経ってから
「あ、親ってこんなに大変やったんや!」
とわかるような装置をつけたのだと。
何十年生きていても新しい発見があるということだけで
人間が人生に対して知ったかぶりにならないように
ちゃんと工夫されてるのだろう。

たいしたもんや、神様は。

来年も知ったかぶりできないほど
いろんなことが起こるんやろな。

楽しいことが起こるのか
それとも楽しくないことが起こるのかわからないけど
もうそれ自体がとてもとても楽しみなことだ。
スポンサードリンク