最近、時間がない。
ベイベちゃんのお世話をしなければならないからだ。

なんてことを書くと、
きっとうちの奥さんは
「私は24時間一緒にいるのよ!」
なんて怒りそうなものだが、
でも、ボクも家に帰ってから以前のように
本を読んだり、ブログを書いたりする時間が削られているのは事実。

そんななか、合間を縫ってこんなのを読んだ。

Sports Graphic Number Do号 100人が語るRUN!/著者不明

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ランニングの特集号で
いまでも年に一回マラソン大会に出場する村上春樹のロングインタビューが目玉。

ボクは村上春樹もランニングにも興味がない。
ただ、ボクは最近、ブログでもよく書くけど、
公私共に贅沢するのは時代的にも収入的にも
もう完全に諦めている。
大袈裟に言うと脱・物質主義というか
“贅沢しないでも毎日楽しい生き方”みたいなことを
毎日毎日考えているから、
いままで興味がなかった人もアンテナに引っかかるようになってきたのだ。

例えば村上春樹は最近のランニングブームについてこう語る。

「ボクはもちろんいいことだと思っているし、
変な言い方だけど、年金記録の問題や、失われた10年が
いつまでたっても終わらないとか、
政権交代しても何も問題が解決しなかったとか、
とにかく国家なんて信用できないんだと、
要するに自分で自分を作っていくしかないんだということに
人々がだんだん目覚めてきたんじゃないかと思う。
それはまっとうなことなんじゃないかな。
それまでは右肩上がりで、日本では役所や会社組織についていけば
生き残れるだろうという意識があったけど、
今は自分の力で生き残っていくしかない時代になりつつある。
走ることが盛り上がっている背景には、
そういう考え方の変化もあると思う。
そういう動きにはボクとしては諸手を上げて
賛成したいですね。
とくに昔は何事も会社が中心だったから、
会社に勤めている人が自分の時間をしっかり確保して、
自分自身を強くし、高めていくなんていうことは
そんなになかったでしょう。
そういうところに、走ることで自己を構築するという
精神的土壌ができてきたのは
素晴らしいことだと思う。
大げさに言えば“個人の復興”というか」

例えばフェラーリに載っている人がいるとすると、
「わー、かっこいいな。憧れるな」
と思うのが一般的な価値観だったと思う(ボクはまるでクルマに興味がないけど)。
そして、毎日ジョギングしている人がいたなら、
「わー、えらいな、立派だな」
とみな感心していたはずだ。
でもこれからはそうじゃなくて、
毎日ジョギングしている人を見て、
「わー、かっこいいな。憧れるな」
と思うのが当たり前になるのではないか。
要するにお金を持っていようが持っていなかろうが、
自分のライフスタイルをしっかり持っている人が
みんなから一目置かれたりリスペクトを受ける傾向が
さらに強くなるのだと思う。

そこはボクはいま、ものすごく明確だ。
奥さんや子どもとちゃんとコミュニケーションを取り、
そして少しでも自転車に乗る時間を作る。
最低限、それだけできればいい。

しかし。
その一方で“向上心”や“野心”だって
決して忘れてはいけないと思うのだ。
だいたいボクは仙人になりたいわけじゃないし、
まだまだ生臭い現場で汗をかきたい。
現状維持でいいやと思った時点で
現状維持なんてできなくなってしまうに違いないもん。

だからもっと収入を上げたい、会社を大きくしたいという気持ちは
これまでと変わらず持ち続けたい。
ただ、そのゴールがでかい家だったり高級車だったりということは
ボク個人としてはもうないだろうし、
大げさにいえば日本全体としても
そういう考え方は通用しなくなってしまうのではないか。

ボクの周りでもまだそんな人もたくさんいるけど、
昔ほど羨ましく思ったりしない。

村上春樹の“個人の復興”というのは
ボクなりに解釈するとそんな感じだ。
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